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広島高等裁判所 昭和45年(う)326号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉当裁判所の判断は次のとおりである。

原裁判所が検察官事務取扱検察事務官のなした公訴提起を有効であるとして、被告人に対し、有罪の判決をなしたことは本件記録により明かである。ところで、

所論は、まず、検察庁法附則三六条の規定は憲法の基本的人権尊重の原則及び憲法三一条の法定手続保障の原則に照らし、無効であると主張する。

公益の代表として刑事について公訴を行い、法の正当な適用を裁判所に請求する等の検察権を行使する検察官の任命資格を高い水準におくことはその重い職務遂行のため、適正な裁判の実現のため、国民の基本的人権擁護のためという見地からきわめて望ましいことに異論はなく、この点からいつて右権限を検察庁法一八条に定める検察官に行わせることはもとより国民一般の要望するところと考えられる。しかし、同法制定当時における国家財政及び検察事務量の累増に見合う検察官の増員、充足が困難な実情に鑑みるときは同法が附則三六条で比較的軽微な事件のみを取り扱うとされている区検察庁に限り、暫定的に検察事務官をして検察官の事務を取り扱わせることが出来ると定めたのは例外的措置としてけだしやむをえないところであり、検察事務官が検察権を行使するに当つてはいわゆる検察官同一体の原則に従つて常時上司の指導監督を受けている(検察庁法七条乃至一三条参照現に本件起訴状には上司である検察官検事吉開が決裁したと認められる印鑑が押捺されている)ことをも併せ考えると、附則三六条の規定が憲法に定める基本的人権尊重の原則及び憲法三一条に違反する規定として無効であるとまでは認められない。

次に、所論は、右附則三六条は当初は合憲だつたとしても、制定後二〇数年も経過した今日においては違憲であり、仮に合憲であるとしても、立法過程乃至立法趣旨からみて現在は当然失効していると主張する。

しかしながら、右附則三六条は「当分の間」と規定しているが、「当分の間」とは、同法その他関係法令によつてこれが改廃変更されるまでの間の趣旨と解すべきであるし(昭和二五年八月一四日東京高裁判決、最高裁事務総局裁判要旨集刑事訴訟法3五二九頁参照)、当審において取調べた検察統計年報抜粋によつても前記の検察事務量の累増、それに見合う検察官の増員、充足が困難な実情は現在もなお引続いていることが顕著であるから、所論のように、単に検察庁法施行後、既に二〇数年経過したとの事由をもつて、同条が違憲となり、失効したものと解することは妥当でない。

さらに、所論は、右附則三六条が有効であるとしても、検察官事務取扱の検察事務官には公訴を提起する権限は与えられていないと主張する。

しかしながら、右附則の規定により、検察官の事務取扱を命ぜられた検察事務官が公訴を提起しうることは、つとに最高裁判所判例の認めるところであり(最高裁昭和二八年七月一四日、集七巻七号、一、五二九頁参照)、これと別異に解すべきいわれはない。

以上のとおり、所論はいずれも理由がないので、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

(幸田輝治 村上保之助 一之瀬健)

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